稲荷直史(いなり なおふみ)
1991年11月19日、神奈川県小田原市生まれ。

幼少期から学生時代までを東京都足立区で過ごすが、土地柄、ヤンキーの偏見を強く持たれるため人に話す際は「地元、浅草の方なんですよね」と濁すことが多い。血液型はO型。学生時代から音楽活動を始めこれまでに幾つかのバンドでドラマー、ベーシスト、キーボーディストとしてライブやレコーディングのサポート活動を行う。また、Web上でのコラムの執筆や写真家のポートフォリオにモデルとして参加するなどもしているが、実力が伴っていないからか書けば書くほど胡散臭いので活動は随時、オフィシャルサイトをご覧ください。好きな食べ物はマカロニグラタン。中高とバレーボール部、陸上部に所属していたため100m走のベストタイムは12秒1、20mシャトルランの最高記録は142回という中途半端な身体能力を持つ。

 

以下、バイオグラフィー。


2011年

高校時代からドラマーとして加入していたバンドを辞め、路頭に迷っていた際に「歌うか」と思い立ち、大学の同級生やバンド仲間を集め「リコチェットマイガール」を結成。バンド名はくるりの「ricochet」という曲の歌詞に由来するが「ricochet(読み:リコシェ)」を「リコチェット」と読み間違えたことを当時のギタリスト・斎藤が気付くまでに結成から約4か月もの期間を要した。そのため、表記は”ricochet”だが読みは”リコチェット”である。更に、後付けで「読めないものを読んだり見えないものを見ることができる」といった意味の造語ということにした。

10月某日、リコチェットマイガールとして初の自主企画「全然歌える気がしない」を渋谷club乙で開催。その際「エンドロールe.p.」という4曲入りデモを300枚限定で発売。現在は廃盤となっているが、メルカリで全くの他人が販売しているのをたまに見かける。(買わないでください)


2012年

レコーディングエンジニアにASIAN KUNG-FU GENERATIONの「崩壊アンプリファー」等を手掛けたJUNYA IWATA氏(トリプルタイムスタジオ)を迎えて、デモ音源集「トランスファー」を制作。現在はメルカリのみで販売。(買わないでください)

音源に収録された「エスケープ」が、2012年 文部科学大臣杯 第37回全日本アルティメット選手権大会のハイライトリールに使用される。

12月某日、リコチェットマイガール初のワンマンライブ「本人不在」を新宿紅布にて開催。前売券ソールドアウト。

また、2012年に発売された女性ファッション雑誌「zipper」に掲載。当時のギタリスト・斉藤が雑誌「CHOKiCHOKi」のグランプリ最終候補に残ったことから『読モ系バンド』として紹介される。


2013年

リコチェットマイガールからギタリスト・斉藤とドラマーの吉田が就職などをきっかけに脱退。サポートメンバーにドラマーの藤本光太郎(TOKYOGUM)や稲荷の中学高校の同級生・前里らを迎えて活動を続ける。

バンドとして初となるMUSIC VIDEO「エスケープ」を2度ほどディレクターにバックれられるも、紆余曲折を経て制作。のちに公開となった。

9月に当時の盟友・横浜のTOKYOGUMとスプリットツアーと題して初の関西へ。大阪・神戸・京都にてライブを行う。


2014年

10月、リコチェットマイガール名義で1stミニアルバム「きっと鳴り止まない」をタワーレコード限定でリリース。レコーディングエンジニアには井上勇司氏(三軒茶屋CROSSROAD STUDIO)を迎えて制作、リリースに合わせて全国7都市を巡るツアーを敢行。更にアルバム発売週にはthe peggies、タグチハナ、アカシック、DAISY LOOを迎えたレコ発イベントを渋谷LUSHにて行った。

またこの年はサポート活動やソロでの弾き語りを含め100本近いライブを行ったが、ツアー先でのご飯の食べ過ぎにより、酷く太り散らかす。


2015年

1月に下北沢clubQUEで自主企画「鳴り止まない音楽は」、3月に同じく下北沢clubQUEでワンマンライブ「何かのワンマン」更に5月には神戸のプププランドを対バンに迎えた「何かのツーマン」を下北沢ERAで開催するなど、立て続けに自主企画を敢行。

4月1日のエイプリールフールに「ぱいぱいでか美 電撃加入」と称した嘘ニュースを発表。わざわざアー写を撮影し嘘のコメントまで集めて音楽メディア「Diggity」にネットニュースとして記事にしてもらうなど手が込んでいたせいで、エイプリルフールが終わった後も中途半端に信じられたままとなる。

7月、初の全国流通盤となる2ndミニアルバム「ランドリー」をリコチェットマイガール名義でリリース。前作と同じくレコーディングエンジニアに井上勇司氏(三軒茶屋CROSSROAD STUDIO)を迎えて制作を行う。全国10都市12箇所を巡るリリースツアー敢行。タワーレコードインストアライブも全国7か所で行った。10月、ツアーファイナル「何かのワンマン そのときはよろしく」を渋谷WWWで開催。更に11月からはエクストラツアーと題し、全国8都市でのライブイベントに出演した。

CDリリースによってメディアやラジオ等への出演、個人の主催でバンドの友人を集めて行ったトークイベントの開催や、当時全く呼ばれずにひねくれていた念願のサーキットフェス等への出演も果たすが、ワンマンの際に自身が絵を描いて制作した「くそいきものTシャツ」を販売するが、おそろしく不評に終わる。


2016年

レコーディングエンジニアに横尾一成氏(velvet room studio)を迎え、会場限定シングル「そのときはよろしく / モータープール」を制作。2月には同シングルのレコ発と称して、コンテンポラリーな生活を迎えて「何かのツーマン そのときはモータープールによろしく」を下北沢SHELTERで開催。

7月、タワーレコード限定のワンコインシングルとして「東京/skirt!」を数量限定リリース。CDジャケットでは写真家の松永つぐみ氏と女優・りりか氏とのコラボを果たす。音源制作は前作と同じく神奈川県相模原市にあるvelvet room studioにて行った。

10月に当時のベースが家庭の事情で脱退。有島コレスケ(arko lemming)らをサポートメンバーに迎え活動を続ける。


2017年

2月に仙台のバンド・アンテナと共同企画「卑屈はじめました」を開催。ゲストにとけた電球を迎えて行う。

4月から「TEXT」と称した日記をオフィシャルサイト内にてスタート。病む。

6月、配信限定シングルとして「25時過ぎに君と見た海は」をリリース。6/21付のiTunes Store内オルタナティブ・シングルランキングで3位を記録。同楽曲のMVは初めて・稲荷自身がセルフプロデュースで制作を担当した。

8月に初のソロ・ワンマン公演となる「稲荷直史 ひとりでできる悶々」を新宿LOFTのBAR LOUNGEで開催。

11月、稲荷がサイト内で書き続けてきた日記と同名の3rdミニアルバム「TEXT」を自身の自主レーベル「スローハイツ」よりリリース。アートワークでは漫画家の世紀末氏(殺さない彼と死なない彼女・著)とコラボを果たした他、レコーディングメンバーには有島コレスケ(arko lemming)、池田晃一(アンテナ)、大内岳(The White Waltz)を迎えて制作。また、12月には大阪・心斎橋Pangeaにてレコーディングメンバーによるアルバム再現セットリストでのライブを行った。


2018年

1月、下北沢SHELTERでワンマンライブ「MOJIBAKE」開催。